言葉の単独行動によるモラハラ被害のカジュアル化
近頃は、世の中にモラルハラスメントの知名度が一気に広まって来たように思えますが、モラハラ被害にあっているリアル当事者にすると、言葉の独り歩きが過ぎるように感じます。
言葉のカジュアル化により、その被害問題ですらカジュアルに納められてしまっていまるのです。
気がつけば、多くの人々が、そのワードを気軽に日常に当てはめるようになりました。
モラハラ夫、モラハラ彼氏、モラハラ上司 etc
この、モラルハラスメントの乱用により、誰もが気軽にモラハラ被害者になれてしまう環境が出来あがってしまっては、リアルな被害現場へ向けられる目も、非常に心もとないものとなるでしょう。
その渦中にいる者の救済措置は、被害者自らがその実態を理解し、抜け出す努力をする他、現実的な策はないかもしれません。
”精神的虐待である”との基本情報は、誰もが耳にするだろうと思いますが、その目に見えない暴力を、被害経験がないならば想像することは困難なのです。
モラハラを知らない人は、『モラハラ=少しキツめの口喧嘩』のような認識くらいしかないでしょう。
真の当事者からすると、口喧嘩なんて概念は1ミリもないのですから、喧嘩で片づけられるだなんて屈辱的であり、モヤモヤとストレスが蓄積される毎日。
私たち当事者にとってのモラルハラスメントとは、精神的支配を目的とした言葉や態度での人格否定であり、その攻撃力が半端ない日常は、私たちがひれ伏すまで続いていくのです。
パートナー間であれば、その支配こそが純愛であるとの歪んだ概念が、加害者側の根底にあったりします。
我慢するのか?逃げるのか? 日々の激しい攻撃に、被害者側はその選択肢を模索する暇もありません。
激しい支配欲は、結論から申し上げると、正式な名のある人格の病が関ってきます。
いくつものモラハラ定義を紐解くと、見えてくるものは生育環境から関る歪みの連鎖。
それらと向き合おうと頑張ってしまった被害者たちは、更に被害の上乗せを積み重ねていく。
病が関ると、もはや専門家の仕事になることを、もっと世に広めなければなりません。
素人が向き合い関りを続けることは危険な行為であり、十分、逃げてもいいのだということを世に広めたいですね。
一人でも多くの方に、前へ進むための知識が広がることを願って、当サイトではモラルハラスメント定義を発信しています。
個々の目標とは何でも構いません。
仕事を見つけて社会復帰したいと考える方もいるでしょう。
今のパートナーと別れて新たなパートナーを探したい、そして次こそは相手選びを間違えないように知識を蓄えたいという考えもアリです。
とにかく何でも良いのであなたが幸せになる為のヒントをここで見つけて貰いたいと思います。
そして当事者以外の方にも、この記事を通して知って欲しい事が山程あります。
もし興味を持って頂けるならば、少し長くなりますが私たちの伝言に目を通して頂ければ幸いです。